俺は猛(たけし)。小学校4年の子供だ。もうすぐクリスマスイブになる。だから、他の子供はサンタ、サンタ言っているが、俺は、サンタクロースなんて信じていない。
だってそうだろ?サンタクロースは一晩で世界中を回るなんて、そんなの無理に決まっている。一体どんな速度で移動したなら、可能なのか。もし存在したなら、それは人外の化け物だ。宇宙人かもしれない。捕獲して、調べるべきだ。
だから、俺はサンタクロースを信じていない。
他の子供は今の時期はサンタクロースに媚びて、良い子にしているが、俺は関係ない。だって、サンタクロースなんていないんだから、別に良い子だろうが、悪い子だろうが、関係ないはずだ。
なので、俺は毎年クリスマスの時は悪いことをする。
物は片付けない。散らかす。カーテンを破り、ティッシュを散らかす。そして、大人に反抗をする。
他の子供はサンタクロースを信じているので、この時期に悪いことはできない。この時期に悪いことができるのは、サンタクロースを信じていない俺の特権だ。
ああ、とてもスカッとする。
自分だけできるという優越感。これがたまらなく好きだ。
クリスマスの日。俺はいつも通り悪いことをたくさんし、ゲームをしていた。
クリスマスだろうが、夜更かしだってする。
他の子供は絶対できない行為だ。
俺は、一晩中ゲームをするつもりでいた。
親ももう、俺を諦めて、注意もしてこない。
何をやっても怒られない、自分だけの世界、自分だけの領域(テリトリー)を築き上げた。これはそこらの子供にはできないはずだ。
さあ、一晩中ゲームをしよう。
俺は画面に集中していた。
しかし、しばらくして思った。おかしい……。
後ろに何かの気配がするのだ。
しかし、その気配は何もすることなく、じっとそこにいる。
気のせいかもしれない……。そう思うようにして、俺はゲームに再び集中しようとしたが、
「メリークリスマス。」
その気配はこういった。
俺が振り返ると、そこには……サンタさんがいた。
いないと信じていたサンタさんが確かにいたのだ。
俺は夢でも見ているのかと思って、つねってみたが、痛い。
夢じゃない!
「こんばんは。猛君のことずっとみていたが、猛君は悪い子なんだね。残念だ。」
「……!」
そう言って、サンタクロースが指をパチンとならした。
すると、俺の体が、みるみる小さくなっていく。そして、サンタの大きな手が、俺をつかみ、サンタの袋の中へと俺を入れた。
俺は、意識がしっかりあるのに、体が動かなかった。しゃべれもしなかった。
一体何が起こっているのか、わからなかった。
しばらくして、袋が動く。
サンタの手が、再び俺を掴んだ。
そして、サンタが俺を外へ出した。
俺は助けを呼びたかったが、声が出ない。
サンタはそのまま、俺を知らない人のベッドの横においた。
そして、サンタはこう言った。
「メリークリスマス。」
◆
翌朝、俺は目が覚めた。
そうか、さっきの経験は、夢だったんだ。そう思った。
しかし、現実は違った。
体がいうことを聞かない。動けないし、しゃべれない。
あれは夢ではなかったんだ……。
そして、気づく。この部屋は見慣れない。
知らない人の部屋だ。
綺麗に片付いている。
この部屋の主と思われる子供が俺の近くのベッドで寝ている。
しばらく、俺は部屋を観察していると、ベッドで寝ていた子供が起きた。
「う〜ん……。おはよう……。」
そして、俺と目があった。
「あ!サンタさんからのプレゼントだ!!」
子供が俺を手に取り、そういった。
プレゼント?何を行っているんだ……!
俺は嫌な予感がした。
そして、部屋の鏡を探した。
そこにうつていた自分の姿を見て、俺は目の前が真っ暗になった。
俺は、クマの人形になっていた……!
昨日は夜だったのと、体が動かないので、自分の体の方を見ることができず、気づかなかった。
また、今朝は部屋を見ることに集中しすぎて、自分の体の変化までは気づかなかったのである。
なんということだ!
俺はさまざまなことを考えた。
人は極限状態に陥ると、頭がフル回転するようになっている。
どうやったら人間に戻るのだろうか。それは、サンタが鍵を握っているだろう。だが、サンタは一年に一度しか現れない。つまり……一年、この状態でいろという事なのか!!
俺は激しく後悔した。サンタを信じなかったことも、悪いことをたくさんしてきたことも!
しかし、体は動かない。泣きたくても、泣けないのだ。悲しい表情を作ることもできない。それはかつて味わったことのない苦痛だった。
『うわああああ!!』
俺は、後悔と懺悔が入り混じった感情で、心の中で叫んだ。
◆
俺の感情に落ち着きを取り戻した頃、子供に早速、おもちゃとして遊ばれていた。
おままごとだ。
俺がクマの主役。着せ替え人形が妻役。机があり、椅子があり、どのおもちゃもピカピカで新品同様だった。
とても綺麗に、丁寧に扱っていることが伺われる。
「おはよう。あなた。朝の紅茶をどうぞ」
妻役の着せ替え人形が紅茶を差し出す。
そして、クマの俺が受け取り、飲むふりをする。
その動作の一つ一つに、おもちゃへの愛情がこもっていた。
俺は、人間の頃、ここまで愛情を注がれたことはない。
親ですら、諦められ、放置させられていたのだ。
俺は涙が出そうだった。
さまざまな感情を持ちながら、俺は精一杯、その子供のおままごとに付き合った。
その日の夜。
俺は子供に優しくだかれ、ベッドの上で一緒に寝ていた。
心地の良い愛情たっぷりの温もりだった。
そんな時、声が聞こえた。
「ねえ、あなた。クマのあなた!」
幻聴じゃない!声のする方向へ目をこらしてみた。
すると、妻役だった着せ替え人形が声を出し、うごいている。
「ええ!?」
思わず声が出た。
え?声が出た!?
俺は今まで声も出せず、動けもしなかったが!動く!声が出る!!
「ちょっとこっちきて!!」
俺は子供の手をどかし、着せ替え人形の方へ向かっていった。
「どうなっているんだ?知っていることを教えてくれ!」
俺はまず、この不思議な体験がどういうことなのか、聞いてみた。
「焦らない。まず、自己紹介。私はアリエル。私もおそらくあなたと一緒、元人間。悪いことをして、サンタにおもちゃに変えられた。」
「……俺は猛……!」
「そう、猛君、よく聞いて。どういうわけか、夜の間は私たちは元の人間のように動けるし、喋れる。だけど、人に見つかったら、また動けなくなるし、しゃべれなくなる。」
「……」
「あと、おそらく猛君が一番知りたがっていることだと思うけど、元に戻る方法は……、一年に一回またここにプレゼントを配りに訪れるサンタが、良い子と判断したおもちゃを持ち帰る。それまで、ひたすら良い子になるしかない。」
「ええ!」
「大丈夫。あの子をみた?今日一日あの子と触れ合って心が温かくなったでしょ。一年もあの子と一緒にいれば、誰だって、良い子になれる。」
「……そうか……。」
俺は深呼吸して落ち着いた。
それから、一年、俺はアリエルと一緒に、子供の相手をした。
ずっと、心を込めて、おままごとの役を演じた。
そして、いよいよクリスマスが訪れた。
クリスマス。サンタが夜動けるようになっている俺らの前に現れた。
「メリークリスマス。みんな、良い子にしているな。今回はアリエルを連れて帰ろう。お疲れ様、アリエル。」
そう言って、アリエルがサンタに捕まえられた。
「アリエル!!ありがとう!!いろいろ教えてくれて!」
俺は叫んで手を懸命に振った。
「ありがとう。猛君。あなたもあと一年、良い子でね!!」
アリエルを見送ると、俺は気持ちを切り替え、俺は、新人を見守った。
新しくサンタの持っている袋から出された、おもちゃ。
今回のクリスマスプレゼントのおもちゃ。
そのおもちゃは動かないし、喋らないが、きっと、不安で、恐怖で、押し潰されそうな気持ちでいっぱいだろう。
俺がそうだった。
だから、支えてやるんだ。
アリエルが俺にそうしてくれたように。
翌朝、子供は新しいおもちゃに喜んだ。しかし、しばらくして、アリエルがいなくなったことに気づく。
親に聞いてもわからない。
それもそのはず、アリエルはサンタに連れられ、家に帰ったのだから。
今頃アリエルは幸せな家族の元へ帰ったのだろう。
そう思うと、寂しくならなかった。
子供は、アリエルがいなくなった寂しさを、俺と新人と遊ぶことで紛らわす。
新人は、アリエルのような真新しい着せ替え人形だった。
俺は、今日も子供から愛情を捧げられる。
そして、夜。
俺は、新人に声をかけた。
「なあ、人形さんよ、ちょっと良いか?」
「!」
人形さんがキョロキョロ動く。
「喋れる……の?」
「こっちにきて。話そう。知りたいことがあるんだろ?」
俺は新人に、アリエルと同じように自己紹介し、この世界の仕組みを説明してやった。
新人の名前は、リリーというらしい。
「一緒に頑張ろう。リリー。大丈夫。絶対、元に戻れる。ちょっとの辛抱だ。」
その後、俺とリリーとで1年間、一緒に子供と遊んだ。
たっぷりの愛情を注がれ、俺と新人は、心が洗われていくようだった。
そして、クリスマス。
サンタが前に現れた。
「メリークリスマス。よく頑張ったな。猛君。もう家に帰ろう。待っている人がいるよ。」
こうしてサンタにつかまれた。
「ありがとう猛君。助けてくれて!おかげさまでなんとかなりそう!!」
「こちらこそありがとう、リリー。」
リリーが俺を見送ってくれた。ここまで心からの言葉をかけられたのは、人間だった頃は一度もなかった。
俺はサンタの袋の中に入った。
すると、不思議な感覚になった。
「……」
おもちゃになったばかりのおもちゃと、今から人間に戻るおもちゃ、一目でわかるのだ。
おもちゃになったばかりのおもちゃは、不安そうで、今にも押し潰されそう、そして、悪く言えば、自分のことしか考えれない、かわいそうな目をしている。
しかし、今から人間に戻るおもちゃは、そんなおもちゃたちを、頑張れ、頑張れ、と勇気づけるような暖かい眼差しで見守っている。
そんな不思議な空間の、サンタの袋と別れの時が来た。
サンタの手が俺を掴んだ。
「さあ、おかえり。猛君も、良い子になったから、これからプレゼントを渡さないとね……。猛君なら大丈夫。このおもちゃを、心から大事にしてくれると信じている。」
サンタが指を鳴らすと、俺は人間に戻った。
そして、サンタの手から、おもちゃを手渡された。
「……」
俺は、これから、このおもちゃ大事にあつかい、愛情をめいいっぱい注ぐだろう。あの子供にそうしてもらったように。
俺は、サンタにお辞儀すると、サンタは微笑み、消えていった。
さて、まずは部屋を片付けることから始めよう。
そのあと、家族に謝ろう。
今までしてきたことを。
そして、これからは本当の良い子になるよう、心がけよう。
そうだな。まずは、サンタクロースを信じることから始めようか。