人気のない学校の屋上。
そこで、田中君と、私、斎藤 鈴 が向かい合っていた。
「田中君。私は、田中君のことが……好き!」
その言葉を聞き、田中君が口を開いた。
「……もう一度」
私は、また、告白をする。
「田中君。好き!」
すると、田中君が顔を赤らめながら、また、こう言った。
「……も、もう一度……」
私は、田中君に何度も告白していた……。
何故、こういうことになったのか、経緯を説明させてほしい。
時は、遡り……、私が高校2年生の春ごろ。
私にはどうしてもやめられないものがあった。
「鈴~、今日遊びに行こうよ!」
「ああ、ごめん。今日バイトあるから。」
「そっか~。じゃあ残念。またね」
本当は今日のバイトはない。小さな嘘をついた。
家に帰ると母親が待っていた。
「昨日、私と手伝いの約束をしたでしょ! バイトないのはわかっているよ!」
「あ、すっかり忘れてた! 友達と遊ぶ約束しちゃった! ごめ~ん!」
そう言って、私は家を出た。また、嘘をついた。
バタンと家のドアが閉まる。
「多分、友達と約束したのは嘘でしょ。財布持って行かなかったし。あの子の虚言癖にも困ったものだわ……」
母親がため息をついて、そう言った。
そう、私には虚言癖がある。嘘がやめられないのだ。
小さいころから嘘をつき続けているため、もう両親にはばれているだろう。
私は、嘘は悪いことだと思わない。嘘をつくのは、生きる上で必要不可欠だと思う。
だってそうじゃない。嘘をつかず、馬鹿正直に生きたって、損するだけ。世の中の仕組みはそうなっている。
だから私は嘘をつく。そんな日々が続くかと思っていた。……あの時までは。
ある日、私が家に帰ると、母親が神妙な面持ちで待っていた。普段、この時間は仕事に出ている父まで一緒だった。
「鈴。来なさい!」
「何!? いや!」
あまりに異様な雰囲気に、思わず逃げ出したくなった。しかし、母が手をつかみ、引きずって居間の方へ連れていった。
居間には見たことないきれいな女性が座っていた。白髪で、まつ毛も白い。肌も真っ白だ。その肌と髪の色と正反対の真っ黒なドレスを着ている。まるでお人形さんのような女性だった。
思わずこの女性に見とれていた。すると、この女性が口を開いた。
「……こちらの娘さんがひどい虚言癖を持っているのですか?」
綺麗な声と丁寧な口調で言った。
その言葉で我に返る。
何か本能が言っている。この女性はやばいと。逃げようとしたが、母と父に掴まった
「では、あなたを今から嘘が言えなくさせます。」
嘘が言えなくなる!? 何を言っているの、この白髪の女!? 何をするつもり!?
私がそう思っていると、女性が私の口に手をかざしてきた。そして、何かを奪い取るようなしぐさをした。
「!!」
すると、口から光が出てきた。
「この光、これが嘘です。これをあなたから没収します」
そう言って、白髪の女性が私から出た光を瓶に詰めた。
私は、何か重要なものを失った喪失感と、疲れから、ペタンと座り込んだ。
「それでは、私はこれで失礼いたします。ご依頼ありがとうございます。御両親方。これで、あなたの娘さんは世界一の正直者になることでしょう」
女性は立ち上がり、そう言うと家から出ていった。
いったい何が起こったのだろう……唖然としていたら、
「鈴、大丈夫? 喋れる?」
母が心配そうに私にしゃべりかけてきた。
いつもだったら、こんな嫌な目にあわされたら、大げさにして、嘘をついているところだが……、
「はい、大丈夫です。お母さん」
ホントのことが口に出た。あの女、本当に嘘を奪ったのか!? そんなことができるのか!? 信じられない。試しに嘘を、嘘をついてみよう。
そうだ、ちょうど父さんもいるし、私に彼氏がいるという嘘を言ってみよう。
この嘘、前に父さんにして、とても面白い反応したっけ……。
実は彼氏がいるんだ。今度紹介するね。
そう心の中で言ったが、口は違うことを言った。
「彼氏はいません。好きな人もいません。」
!? なんだ? 今、ホントのことが口に出た。やっぱり、嘘が付けなくなったの!?
「どうしたんだ? 鈴、いきなり……だが、父さんはそれを聞いて安心したぞ!」
こうして、私は嘘が一切つけなくなってしまった。
翌日。学校。
私は嘘を付けなくなったことにより、慎重に行動するようになった。
極力喋らないようにする。
しかし……。
「鈴! おはよう!」
友達の工藤さんだ。いつも思っているが、顔が不細工なのだ。今はやばい。考えてしまうと、口に出てしまう。かといって、挨拶してきている以上、無視はできない。挨拶だけ返そう。そして、不細工ということは考えないようにしないと……。考えないようにしないと……。
「おはよう! 今日も不細工だよね。工藤さん。」
そう思ってるとついつい考えちゃうよね……。はあ……。
「はあ? 何それ……」
工藤さんはそれを聞き、不機嫌になった。
「あ、鈴さん、おはようございます!」
生徒会の村田君だ。やばい。村田君はやばい。ほら来た。匂いだ。
「おはよう! 村田さん、いつも口臭いですね。」
そう。村田さんは口が臭い。思ったら、本音が口に出てしまう。これじゃあ、私の学園生活はどうなるの!?
「……」
村田さんは手で、口のにおいをチェックしながら、泣き目でその場を後にした。
本音が口に出ることは、授業中でも例外ではない。
授業中。その授業がつまらないと感じてしまっている時、何か発言しないといけない状況になると、
「先生、今日も授業つまらないですね。」
発言した後、どうしても本音を言ってしまう……。当然、先生はカンカンになる。
もう、限界。早退したい……。
そう思った矢先、隣席の男子が声をかけてきた。
「君、なぜ本音しか言わないんだ?」
「……」
口を開くかどうか迷った。ここで無視する選択肢もある。ここで口を開けば、本当のことしか口に出ない。だから、本当のことを伝えることになるだろう。しかし、無視すれば本当のことを伝えずに済む。でも、席が隣の男子に嫌われるのも、私の今後の学園生活が過ごしにくくなる……。そう、迷っていたところ。
「いや、言いたくないんだったらいいんだ……ただ……。」
「?」
「白髪、白いまつ毛、白い肌の女性に心当たりないか?」
「……!」
私は、その言葉を聞いて驚いた。私に嘘を付けなくさせた女性のことをこの男は知っているのだろうか。しかし、私は黙っていた。口に出すと、また本音が口に出る。この男のことは信用できない。当然だ。あの女性のことを知っていて、隣の席だというだけで、今まで会話したこともない男だからだ。もう、この男性に嫌われても良い。リスクが高すぎる。そう思っていた矢先……。
「いや、心当たりがないならいいんだ。忘れてくれ」
そう、隣の席の男は私に言った。
「すまない。いきなりこのような質問をして。俺は君の隣の席の田中だ。よろしく。」
握手を求められてきた。まあ、言葉を口に出すのは嫌だが、握手くらいならいいか……。
そう思って、田中と握手した。
それからというもの、田中が私に付きまとうようになった。
「鈴~、今日遊びに行こうよ!」
私は本音が出るため、返答に困っていたところ、
「鈴さんは俺と用があるから、また今度な?」
「何? 田中? 田中と鈴できてんの?」
「そんなんじゃないって! ただ席が隣同士なだけだ! ほら、いったいった!」
そうやって、助けてくれた。それが何度も続いた。正直、最初は戸惑っていたけれど、田中君のおかげで、こんな自分でも、何とか学園生活を送れるようになりそうだったため、だんだんと恩を感じるようになっていった。
そんな田中君に助けられる私の学園生活が続いた。
しかし、それと同時に疑問を感じるようになった。
何故、田中君は私を助けてくれるのか。
そして、私から嘘を奪ったあの女性を知っているようだった。何で知っているのか。
ある日、私は、我慢できずに田中君と二人っきりになった時、聞いてみた。
「田中君。なぜ、あなたは私を助けるの?」
疑問に思っていることは本当のことのため、自分の口からすらすら言えた。
すると、田中君は返事の言葉に迷った様子で黙ってしまった。
何か……まずいことを聞いてしまったのだろうか……私は正直焦った。もう、田中君なしでは学園生活を送れないことは自分でもわかっていた。この質問がきっかけで、気が変われば、私はもう学園生活を送れない……。
あわあわと焦っていたところ、田中君は口を開いた。
「俺は……鈴、君のことが好きだ。」
「え?」
私は、その理由を聞き、驚いた。
「好きな人を助ける。それが理由ではだめか?」
「……」
私は黙ってしまった。今口を開くと、変なことを言いそうで、怖かったからだ。
好きだから助けたのか……。だが、私と田中君の接点はそこまで多くなかったはず……、なので、少し疑問が残ったが、悪い気はしなかった。なぜならば、田中君はもう、私にとって、いや、私が学園生活を送ることにとってかけがえのない存在になっていたからだ。
私は少しうれしくなった。
それから、学園生活は田中君と共に過ごした。田中君が助けてくれる。そんな安心感が常にあった。
そんなある日、人気のない学校の屋上に田中君に呼び出された。
「鈴……鈴は、本音しか言う事ができないんだよな?」
「……」
いきなり聞いてきた。まあ、これだけ長い間一緒に過ごせば、分かってくるだろう。その質問になら、もう答えて良い。一緒にいて、田中君も信用できる人だと分かったからだ。
「そうです。」
本当のことを告げた。
「鈴、いつか、俺と鈴はこの学校を卒業する。そうすると、離れ離れになるだろう。つまり、俺が鈴を助けられるのは、限られた期間だ。」
「……」
そうだ! 田中君から言われるまでそのことを忘れていた。私は今高校2年生。あと1年で卒業してしまう。いつまでも田中君に頼るわけにはいかない。
「そこで……だ。嘘を言う練習をしないか? 人気のないここで。」
「……」
確かにそれがいいと思う。私は頷いた。
「じゃあ、なんでも嘘を言ってみろ!」
私は田中君に言われて、なんでも嘘を言ってみようとした……。が、思いつかない。私は以前どうやって嘘をついてきていたのだろう。言葉が出てこなかった。それもそのはず、もうずっと故意に嘘をついてきていなのだ。嘘のつき方など、とっくの昔に忘れた。
そのことを、田中君に筆記で伝える。
そう、これは私と田中君が長年一緒にいて、編み出したコミュニケーションを取る方法だ。口では本当のことしか言えないが、筆記だと、本当のことしか言えないというわけではないらしい。
自分の思い通りに書け、変なことを書く心配がない。
田中君にこう筆記で伝えた。「嘘が思いつかない」
田中君はそれを見て、少し考えてこう言った。
「君が口に出したことと真逆なことを言えばよい。例えば、今俺がここにいるから、俺のことについて、どう思っているか、口で言う。その後、口で言ったことと真逆のことを言えれば、嘘をついたといえるのではないか?」
田中君がそう言った。確かにそうだ。
私は田中君の言うとおりにしようとした。
しかし、田中君のことをどう思っているか、言おうとして、はっと気づく。
私は田中君のことをどう思っているのだろうか。嫌いではない。それは確かだ。恩を感じているのも確かだ。じゃあ、恋愛感情を持っているのだろうか……。それを考えると、頭にもやがかかったようだった。
自分でも本音が分からないことを言うと、どうなってしまうのだろうか……。少し興味がわいた。
心の整理をして、深呼吸し、口を開いた。
「田中君。私は、田中君のことが……好き!」
「!」
自分で言って、驚いた。田中君のことを本音ではこう思っていたのだ。私は田中君に恋愛感情を抱いていた。それを聞いて、田中君は驚いた様子だった。
私は思わず赤面してしまった。それを見て、田中君も赤面している。
「と……とりあえず、鈴、この真逆のことを言えば良い。つまり、俺のことを嫌いと言ってくれ!」
その言葉を聞き、我に返った。
そうだ。私は嘘をつけるようにならなくてはいけない。田中君に頼れるのも、あとわずか。それ以降は、一人でやっていくしかないんだ。そのために、嘘を取り戻さないと。そう言って、口を開いた。
「好き! 田中君のことが! 好き!!」
本音が漏れる。どうしても嘘が付けない……。
「……もう一度……」
田中君と私は赤面しながら続けた。これでも必死だった。
……言っているうちに気づいたことがある。
私は田中君を嫌いと言おうとしている。しかし、その嘘をつこうとするたび、心が、ズキッと痛むのだ。嘘を言うたび、心が痛む……。こんな経験、昔はしたことがなかった。
そして、私は本音が出てしまう。このことも、言ってしまっていた。
「田中君! 私、この嘘をつくのがつらい! 田中君のことを嫌いというのは本心じゃない! その嘘をつくことは、とてもつらいの! だから、やめたい!!」
「鈴……」
「その言葉を待っていました。」
私と田中君は声の主を見た。
すると、そこには、あの白髪と白いまつ毛、白い肌、黒いドレスに身をまとったあの女性が立っていた。
「鈴さん、私は、あなたの嘘を没収しましたよね。あの後、あなたの行動をすべて見ていました。そして、この時をずっと待っていたのです。」
「っ!」
私は鋭い目つきで白髪の女性を睨んだ。嘘を奪われ、どれほどつらい思いをしたか……!
しかし、白髪の女性は構わず、話を続ける。
「嘘を良いものだと考えている人に、嘘をつかせないようにするのは困難です。なので、嘘をつくのがつらい。そう思わせることが必要でした。なので、嘘をつけない状態にして、嘘をつくのがつらいと言う時を、ずっと待っていました。ですが、嘘をつけ無くすれば、より一層嘘が恋しくなるので、嘘をつくのがつらいと言うのは非常に困難なのですけどね……。さて、もう大丈夫でしょう。今のあなたなら、嘘を返しても、虚言癖は治っているはずです……」
そう言って、白髪の女性は懐から、光り輝く瓶を取り出した。
私の嘘が入った瓶だ。
「さあ、あなたの嘘を返します。」
瓶のふたを取り、光が、嘘が、私の中に戻っていく。
「……」
私に嘘が戻ってきた。これで、嘘が言えるようになったのか……!?
「鈴! 大丈夫か!? 鈴!!」
田中君がそう言って駆け寄ってきたが、私の耳には届いていない。なぜなら……。
「……」
さっきまでは嘘をつく言葉が思いつかなかったが、今なら思いつくからだ。 今なら嘘が言えるかもしれない!!
「私は男! 私は勉強好き! 私はテストが好き! 工藤さんは美人! 村田君はお口さわやか!! ……やった! 言えた! 嘘が自由に言える!!」
私は喜んだ! 嘘が言える! この日をどれだけ待ち望んだことか!
白髪の女性は、今度は田中君のところへ向かっていた。
「……では、田中君。あなたにかけた魔法も解きましょう」
「!」
それを聞き、田中君を見る。田中君も私と同じように、この女性から何かされていたのか!?