領主の屋敷に着くと、初老の使用人がルドウィンを出迎えた。
「ようこそ、いらっしゃいました。話は伺っております。こちらです。」
屋敷の門が開いた。ルドウィンと初老の使用人が屋敷の中に入る。
屋敷の中は以前と変わらず、豪華な内装だ。
以前は1階の客間に通されたが、今回は違う。大きなロビーから、2階への階段が2つある。その階段を登っていく。
2階の廊下を少し歩いていると、すぐに使用人がドアの前で止り、ノックをし、こう言った。
「ご主人様、ルドウィン様がお見えです。」
「入れ。」
「……では、こちらの部屋に主人がお待ちです。どうぞ、お入りください。」
ルドウィンは一回、深呼吸してから、ドアを開いた。
すると、豪華な作りだが、落ち着いた色合いの部屋になっていた。
その部屋にじっとこちらを見つめる領主がいた。
執務机に肘を置き、手を組んでいる。
「君がルドウィンかね?」
領主が口を開いた。
「はい。」
ルドウィンは一言、返事をした。
「君たちが私の領内で行なっていることは全てわかっている。」
「……。」
……しまった。派手にやりすぎたか。
そう思ったルドウィンに構わず、領主が話を続けた。
「あの野蛮な鬼族を働かせ、灌漑施設を作り、農業をしているらしいじゃないか。」
「……そうです。」
「部下の報告から、まさかと思い、私が自分の目で確かめたよ。そしたら本当にあの鬼族が忠実に働いているじゃあないか。私の農奴よりも懸命に働いている姿を見て、自分の目が信じられなかった。どんな魔法を使ったんだい?」
「……。」
癇に障ったが、ここは堪えなければならない。
「正直、私にとってこれほど嬉しいことはないさ。害をなすだけの鬼族が、懸命に私の領地を耕し、働いているとは。だけど、当然、ここは私の領地。私にも取り分がないとね……。」
それは当然の要求だろう。だから、癪だがルドウィンはこう返事をした。
「もちろんです。農作物の一部を提供いたします。」
「では、農作物の半分を提供するように。」
「!……はい。」
半分だと?ルドウィンは、あまりに高い税率に驚いたが、仕方なく了承した。
現段階では、まだ領主に歯向かうのは得策ではない。
今は、領主の言うとおりにして、この領主にゴマをすっていた方が得策だ。
「では、存分に鬼族を働かせてくれ。期待しているぞ。」
「はい。」
「では、行ってよいぞ。」
「失礼します。」
ルドウィンは領主の部屋から出た。
そして、屋敷を出て、鬼族たちの待つ島へと戻った。
リリアリー、ティルシー、ルーナ、イア、そして鬼族と鬼族頭領がずっとルドウィンを待っていたのだろう、ルドウィンが島に着くと、すぐに駆け寄ってきた。
「どうだった?ルドウィン殿」
鬼族頭領が聞いてきた。
ルドウィンは、はあとため息をついて、こう言った。
「領主に認められた。しかし……」
「しかし?」
「農作物の半分の税を課されることになった。」
「なっ!半分だと!」
みんな、破格の税に驚いた。
「だが、聞いてくれ。みんなには俺がいる。こうなったら、俺がなんとかしてやる。きついのは最初だけだ。」
みんなルドウィンの言葉を静かに聞いた。
誰もルドウィンを非難する声を上げなかった。みんな、忠実に、真剣に聞いている。
「俺はここの領主や頭領と話をして決めた。半分の税なんて払っていられない。払うのは最初のうちだ。みんなで一致団結して、力を蓄えてから、一揆を起こす。そして、自分たちの国を作る。理想の自由な国だ。そこではみんな豊かに暮らし、協力し合い、共存する。そんな理想郷の国を。だから、みんな協力してくれ!そしてついてきてくれ!俺の力になってくれ!」
「おおおお!!」
鬼族たちが歓声を上げた。
やってやるぞ!と言う声や、灌漑施設ができたんだから、国も作れる!と言う声、ルドウィン殿なら素晴らしい国王になる!と言う声が聞こえてくる。
ルドウィンの元いた世界でも、灌漑施設など、1つの大規模な事業を、1人のリーダーが指揮し、完成させ、それがやがて、1つのコミュニティになり、それが都市国家のきっかけの一つになったという。
この数週間で1つの大きな事業をしてきたルドウィンたちは、団結力が生まれ、より結束力が増したのだろう。
「さあ、そうと決まれば忙しくなるぞ!やることは山積みだ!今日はもう遅いから、明日から作業を開始する。みんな、今日はしっかり休んでくれ!」
「おう!」
みんなが腕を上げ、一致団結した。
◇
その日の夜。
ルドウィンたちは明日に備え、島で鬼族たちと一緒に寝た。
だが、その日の夜はどうにも寝付けなかった。
興奮している……不安も少しある。
うまくできるかどうかの不安。
そして、自分ならできると言う自信や、うまくいくと、どんなことが待っているかと言う期待感。
そんな様々な感情が混じって、寝付けない。
ルドウィンは仕方がないから、鬼族の住処から離れ、島の浜辺を歩いた。
川が夜空を反射する。
そんな綺麗な景色を見ながら、浜辺をゆっくり歩いていると、人影が見えた。
ルドウィンは目を凝らしてみた。
するとルーナが川の方を向いて浜辺に座っていた。
「ルーナも眠れないのか?」
ルドウィンはルーナに声をかけた。
「ルドウィンさん。はい。そうです。なかなか寝付けなくて。」
ルーナは「ははは。」と苦笑いした。
「ルドウィンさん、すごいですね。鬼族を指揮してこんな大規模な施設を作って。みんなに慕われて。」
「そんなことないさ。」
ルドウィンはそう言いながらルーナの横に座った。
「謙遜しないでください。ルドウィンさんはすごいです。さすが、王の右腕です。」
「……ありがとう。」
ルドウィンは今度は、素直にルーナの褒め言葉を受け取った。
「ルドウィンさんがここまで博学だとは思いませんでした。どこで勉強したんでしょうか?」
「……。」
ルドウィンのこれらの知識は、休みの日に図書館で借りて、読んだ本から勉強した。
様々な歴史の本や、哲学の本、経済学の本、もちろん小説なども読んだ。
だから、鬼族を指揮し、灌漑の施設を作ることができたのだ。
しかし、このことはルーナにいって良いのだろうか。
ルドウィンが異世界転生者だと言うことは、鬼族頭領には言った。
しかし、仲間たち、ルーナ、ティルシー、リリアリー、イアには、まだ言っていない。
打ち明けた方が良いのだろうか。
しかし、打ち明けてしまうと、ルーナがルドウィンだと思っていた人間は、実はルドウィンではなく、赤の他人だった。と言うことになる。
ルドウィンにそれを打ち明ける勇気は……なかった。
「いいんです。言いにくければ、無理に聞くつもりはありませんよ。」
ルーナが笑いかけてくれた。
「じゃあ、寒くなってきたので、私はもう眠りに行きますね。ルドウィンさん、無理せず、頑張ってくださいね。あと、私たちも、もっと頼ってくださいね。」
ルーナがそう言って鬼族たちの寝ている住処へと戻っていった。
ルドウィンは、そのあと、しばらく満点の星空と川に反射する星空を見て、鬼族たちの住処へと戻っていった。
◇
翌日。
ルドウィンたちは早速作業に取り掛かっていた。
鬼族たちは班に分かれて作業をしてもらった。
道路を作る班、石を集める班、木を伐採する班、灌漑施設を広げる班、食料を調達する班、料理をする班、洗濯をする班。
そして、リリアリーは出稼ぎに化け物狩りへ。ルーナは必要なものの買い出し、イアは子供達と遊び、ティルシーは自分の食糧を調達する。
みんな協力し合って各自分の作業を行なった。1人だけ、役に立っていない猫(ティルシー)がいる気がしたが、多分気のせいだろう。
そして、ルドウィンは最も重要な仕事を行う。
それは領主への協力依頼だ。
そういうわけで、ルドウィンは領主の屋敷を訪ねた。
「少し領主に話がある。重要な話だ。取り次いでくれないか?」
「領主様にお伺いいたします。少々お待ちくださいませ。」
使用人はそう言って屋敷の方へ入っていった。
しばらく経つと、使用人が戻ってきた。
「今お会いできるようです。どうぞこちらへ。」
ルドウィンは使用人の後をついていき、屋敷に入った。
そして大広間から2階に上がり、領主の部屋に入った。
「して、話とはなんだ?」
領主がルドウィンに言ってきた。
「はい。鬼族が今後もっと食糧を量産するために、建築技術と製鉄技術を学ぶことが必要です。領地の複数の職人ギルドに加入させてはくれませんか?もちろん、鬼族が他の住民に危害を加えないことをお約束いたします。」
「ふむ。」
領主がじっと、ルドウィンを見た。
「もし、鬼族たちが人間に危害を加えたら、どうなる?お前が責任を取れるのか?」
領主がそう言って、ルドウィンの答えを待った。
「もちろん私が責任を取りましょう。私の命をかけて、責任を取ります。」
「ふむ。」
領主は少し考えて言った。
「ではまず1人、鬼族から職人ギルドに受け入れよう。そして、様子を見て、必要なら増やしていっても良い。ただし、うまくいったら、もちろん人間より課税するぞ。」
「はっ。もちろんでございます。ありがとうございます。」
やはり、うまくいった。ルドウィンには勝算があった。
おそらくこの世界は、ルドウィンたちの世界の中世ヨーロッパと同じか、似ている社会構造になっている。
封建制があり、王は貴族に領地をあたえ、貴族が領主となり、そこを納めさせた。
しかし、ルドウィンたちの世界でもそうだったが、封建制だと、領主が力を持って、他の領主と争うことが多発した。
しかも、時には王都にまでも歯向かう領主までいたという。
だから、この世界の領主も、他の領主よりも優位に立つため、鬼族という優秀な労働力を自分の領地で囲い込みたいのだろう。
なので、少々危険でも、リスクをとって、鬼族をギルドで働かせることの許可を与える可能性は十分あった。
「もし、他に用事がないなら、いって良いぞ。」
「はっ!失礼致します。」
ルドウィンはそう言って、軽くお辞儀をし、部屋を出た。
そして屋敷を出て、鬼族たちの待つ島へと向かった。
島へ着くと、鬼族たちがせっせと作業を行なっていた。
ルドウィンに気づいた鬼族の1人が、お辞儀をした。
ルドウィンは手を振って返事をした。
その後、ルドウィンは頭領に言って、鬼族たちを招集してもらい、今後のことについて話した。
「みんな。話がある。聞いてくれ。国を作るには製鉄や建築などの、専門的な知識が必要だ。そこで、ここの領地の職人ギルドに加入して、技術を習得する人を募集する。数年間は、熟練職人のもとで住み込みの生活になる。大変だろうが、お願いだ。誰か名乗りをあげる人はいないか。」
「……。」
鬼族たちが黙ってしまった。
それもそうだろう。今まで人間たちから金品や必要なものを奪ってきたのだ。その人間に教えを乞うのは、いくらルドウィンの命令でも、抵抗のあることだろう。しかも、その人間と共同生活をしなければならない。不安だろう。
だが、ルドウィンは続けた。
「みんな聞いてくれ。みんなは今まで、どんなに大変な俺の頼みでも聞いてくれた。さらに、これからも俺は大変なお願いをするだろう。だから、せめて、俺も命をかける。もしこの職人ギルドの加入がうまくいかなかったら、俺は処刑される。」
「!」
鬼たちの顔が驚きの顔になった。
「すまない。勝手なことを言って。しかし、俺はみんなを信じている。だから必ずうまくいく。みんなここまで頑張れたんだ。後もう少し、俺に力を貸してくれ!もし貸してくれたら、みんなの理想郷を作ると約束する!」
鬼たちの表情が変わった。
鬼たちは顔を見合わせながら、今起こっていることを信じられずにいた。
鬼たちは今まで、誰にも信じてもらうことはなかった。
ましてや、命をかけて信じてもらう人なんて、出会ったことがない。
最初は、自分が生きるため、強者に従うと言う利己的な発想からルドウィンに従うようになった。
しかし、命をかけて一生懸命自分たちのために働くルドウィンを見て、鬼たちの心には少しずつ、ルドウィンに対する厚い信頼と、それに応えようと思う想い、そして、温かい心が芽生え始めていた。
「わかった!俺やるよ!」
鬼族たちの中から、手を挙げる鬼がいた。
「俺は、ルドウィン殿のその心意気に心が動いた。きっとルドウィン殿だったら、俺たちの理想郷を作ることもできると思う。もし、職人ギルド加入が理想郷を作るため、必要なことだったら、協力する!……それに、俺の家族を不自由なく養うためだったら、数年人間どもと過ごすくらい、平気さ!」
「……そうだな。確かに、家族のためなら。理想郷のためなら。」
ぽつ、ぽつと、手をあげてくれる鬼たちが現れた。
「……ありがとう、みんな。みんなの気持ちは絶対無駄にしない。手を上げてくれた人、俺のところに来てくれ。職人ギルドに行く人は、最初は1人だけなので、1人1人話をして、その1人を決めようと思う。」
こうして、1人1人手をあげてくれた鬼族たちと話をして、職人ギルドに行ってもらう代表鬼族1人を決めた。
この時、ルドウィンは固く決意した。
鬼族が自分の人生をかけて俺の願いを聞いてくれた。
だから、俺は鬼族に恩返しをしなければならない。
誰1人、不自由な思いはせず、困った時は誰かが助け、豊かな生活をし、共存し合い、協力し合う。
誰しもが学び、知識をつけることができ、切磋琢磨し合い、お互い高め合う。
そんな理想郷を作り、俺を信じて、頼って、協力してくれた、鬼族たちを幸せにする。
これは元々、このBADENDの世界をHAPPYENDにするために必要なことで、俺が求めていたことだ。
だから、その目標に向けて、懸命に努力しよう。
文字通り命を懸けて、努力しよう。
それが、仲間と、俺が幸せになる唯一の道だからだ。
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