深夜2時。聖夜。
カチカチとゲームのコントローラーのボタンを押す音だけが響く。
その部屋は、散らかっており、さまざまなゲームやおもちゃ、ガジェットが散乱していた。
そして、テレビの光に照らされ、少年の顔が浮かび上がった。
少年は小学生中学年ほどの見た目だ。
ガムを噛みながら、ゲームをして、目にはクマがびっしりとついていた。
「悟?いい加減寝なさい!」
部屋の外から少年の母親の怒鳴り声が聞こえる。
しかし、悟はその声には反応せず、ずっとゲームをしていた。
悟は、クリスマスでも、関係なく夜更かしをする。
良い子にはサンタからプレゼントをもらえると聞くが、サンタクロースなんて居ないに決まっている。
サンタクロースがいたら、たった一日で世界中プレゼントを配っていることになる。
そんなのありえない。
だから悟は、サンタクロースを信じない。
しばらくゲームをしていると、深夜3時を回った。
ほら、サンタなんて来ないじゃないか。いないじゃないか。
悟は、カチカチとゲームをする。
すると、背後に気配を感じた。
「悟くん。こんばんは」
悟は背筋が凍った。どういうことだ!?窓の鍵は閉めてあり、唯一の出入りできるドアからは、誰も入ってこなかったのに、俺の背後から声が聞こえる。
悟は恐る恐る後ろを向いた。
そこにいたのは、紛れも無いサンタクロースだった。
白髭がぼうぼう生えていて、赤い服と白い袋を持った、サンタ。
そのサンタが、悟の前に現れたのだった。
悟はあまりの出来事に声が出なかった。
すると、サンタが続けた。
「悟くんは、悪い子だね。こんな夜遅い時間まで起きて……残念だ。」
そう言って、サンタが悟に近づいてきた。
怖い!悟は部屋から出ようと、ドアノブを探した。
しかし、ドアノブが握れなかった。
みるみるうちに、小さくなる悟の体。
サンタは背負っている白くて大きな袋の中に悟を入れた。
悟は訳がわからなかった。
何が自分に起きたか、わからなかった。
袋の中で、懸命に出ようとする悟。
しかし、悟の体はだんだん言うことを聞かなくなり、ついには動かなくなってしまった。
悟は、動けない体で、自分の身に起きた恐ろしい出来事が、夢なんだろうと思った。
しばらくたち、サンタの大きい手が、悟を捕まえた。
やっと外に出れる!
そう感じたのも束の間、サンタはこう言いながら、悟を女の子の部屋においたのだった。
「メリークリスマス。今年のプレゼントだよ。」
◇
悟は一瞬サンタが何を言っているかわからなかった。
しかし、女の子の部屋に置いてある、鏡を見ることで、その疑問は解消された。
悟はクマのぬいぐるみになっていたのだ。
つまり、悟は、サンタにクマのぬいぐるみにさせられ、この女の子のクリスマスプレゼントにさせられたのだ。
冗談じゃない。こんなことが許されるものか。
だが、今、クマになった悟の体は動けないし、喋れない。
喋れたとしても、クマのぬいぐるみが自分は人間だったなんて喋ったら、気味が悪いと思われて、捨てられるのがオチだ。
どうしよう。どうしよう。
俺はさまざまなことをあれこれ考えていると、いつの間にかサンタはいなくなり、朝になった。
女の子が目覚める。
そして、悟こと、クマのぬいぐるみにすぐ気づき、ぎゅっと抱きしめた。
「わあい!今年のサンタからのプレゼントだ!とってもかわいいなあ!」
女の子は小学校中学年くらい。ちょうど、悟と同じくらいの年齢の子だ。
女の子は、ひょいと悟を持ち上げて、じっくりと眺めた。
悟はむず痒かった。
「かわいいなあ!名前をつけようか!そうだなあ!クマだから、くーちゃん!くーちゃんにしよう!」
あだ名をつけられた。
悟は、今まであだ名なんてつけられたことなかった。
学校や家では、悪さばかりしていて、仲の良い友達もいなかった。
その寂しさを紛らわすように、また悪さをする。まさに、悪いインフレーションだった。
そんな悟を、女の子は、じっとみてくれて、ぎゅっと抱きしめて、あだ名までくれた。
それは見た目がクマだからだとわかっていても、少し、嬉しかった。
その日は女の子と大きなプレイルームで一日中おままごとをした。
悟が主人役で、女の子の人形が妻役、そして、ペットも飼っていて、犬のぬいぐるみがペットだ。
悟が仕事から帰ってくると、妻が出迎えてくれて、ペットまで出迎えてくれる。
つまり、家で主人を待っていてくれるのだ。
悟は、家では半ば放置されていた。悪さをたくさんして、家族のいうことを聞かないからだ。
俺は、一日暖かなままごとをしながら、涙が出てきた。
もちろん、クマのぬいぐるみになっているから、涙はでない。
しかし、人間の体だったら、涙が出ていただろう。
そして、幸せなひと時が終わり、女の子は自分の部屋に戻りベットについた。
ベットの時も悟と一緒。
ずっと一緒。とても居心地が良かった。
悟も女の子と一緒に寝ようと、意識が遠のいてきた時、声が聞こえた。
「ねえ!クマさん!聞こえる?」
幻聴ではない。確かに聞こえてきた。
聞こえてきた方角を見る。
いや、見ることができた。
体が動くのだ。
そうわかったので、悟は女の子のベットからひょいとおり、固まっていた体を気持ちよさそうに伸ばした。
「ねえ!クマさん!クマさんもおいでよ!みんなのところへ!」
一緒におままごとした女の子の人形がそう言った。
悟は、女の子の人形と一緒に、隣のプレイルームの方まで向かう。
すると、そこに広がっていたのは、おもちゃの楽園だった。
人形はダンスを踊っており、犬のぬいぐるみは走り回っている。そして、フィギュアはポーズを取らずに、ケースの中で、他のフィギュアと共にスポーツをして遊んでいる。
囲碁やチェス、将棋をしている、ぬいぐるみや人形もいるし、ケースから出てきて、カードゲームをしているフィギュアもいる。
すごく、みんな楽しそうだった。
一番年季の入った白クマのぬいぐるみが、悟をみて、駆け寄ってきた。そして、みんなに聞こえる、大きな声でこう言った。
「みんな!新しいおもちゃが来たぞ!新しい仲間だ!」
そして、小声で俺に聞く。
「名前をなんという?」
「悟です。」
俺がそう答えると、改めて白クマのぬいぐるみがみんなに言った。
「悟というそうだ!みんな仲良くしてくれ!」
その言葉を聞き、おもちゃのみんなが「わああああ!」と歓声を上げた。
悟の周りに、おもちゃたちがやってきた。
「君はどこからきたの?」
「わからないことある?なんでも教えてあげるよ!」
おもちゃ達が一斉に喋るもんだから、聞き取れないし、大変だった。
白クマのぬいぐるみが、みんなを宥めて、やっと収まった。
そして、俺は親切に教えてくれるおもちゃ達から、情報をもらった。
なんでも、ここにいるおもちゃ達は全員、元悪い子で、サンタにおもちゃにされたということ。
そして、サンタにいい子と認められた人のみ、サンタに連れて行かれるということ。
だから、それまでの間、みんないい子になるように心がけないといけない。
初心者の俺に妙に親切なのも、これで納得した。
なるほど。人間に戻るには、サンタに連れて行かれるまでは、この人たちと仲良く暮らしていかなければならない……か。
それも悪くない気がした。
だって、悟は今まで、悪いことをたくさんしてきて、友達もいないし、家族や先生とも、疎遠だった。
だけど、今は温かな家で、暖かい人々に囲まれて、幸せに楽しく暮らしている。
ずっとこのままでも良いかもしれないな……。
悟はそう思いながら、おもちゃ達と思いっきり遊んだ。
ポーカー、将棋、囲碁、麻雀、などなど、サンタにいい子に見られたいおもちゃ達が、親切にルールを教えてくれたので、たくさんボードゲームを遊んだ。
悟は今までゲームは、テレビゲームしかしたことがなかったが、ボードゲームがこれほどまで奥が深く、楽しいものだとはわからなかった。
時間はいくらでもある。
親切に教えてくれるおもちゃ達がいる。
そんな状況で、ボードゲームにのめり込むのは、仕方のないことだった。
時間があっという間に過ぎた。
もう朝になる時間だ。
「急げ!もう朝だぞ!みんな!持ち場に戻れ!!」
白クマの号令に合わせて、他のおもちゃ達が自分の元いた場所に戻る。
悟はあたふたしていたが、昨日、一緒にままごとをした女の子の人形が手を引っ張ってくれた。
「こっち!あなたは風香ちゃんのところだよ!」
女の子の人形が俺の手を引っ張り、風香ちゃんと呼ばれていた、女の子のベットの上まで押し上げてくれた。
「ありがとう!えっと……。」
「千穂!私、千穂っていうの!」
「ああ!千穂さん!ありがとう!」
悟はそう言って、千穂を見送った。
悟は風香の隣に寝た。
すると、だんだん体が固まってきた。
そうか。夜は動けるけど、昼間は動けないのか……。
悟はそう思いながら、だんだん動けなくなる体で、風香の顔を見た。
すやすや寝ている。
悟は、また、風香とのおままごとをするのが楽しみだった。また、この生活も悪くないかも。と本気で思い始めていた。
こうして、悟が風香の家にきてから、一日が過ぎた。
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