時計の針が動く。
田中賢(たなかまさる)はその針を上司にバレないように目で追った。
あと5秒。4、3、2、1。
キーンコーンカーン。
定時の鐘がなった。
「お先に失礼します。」
賢は上司に一言、そう言うと、他の定時で帰る会社員と共に、そそくさと会社を出た。
そして、一直線に向かったのは、賢にとっての心のオアシス、図書館だった。
図書館にはたくさんの本が並べられている。
政治、経済、歴史、文学、そして小説。
素晴らしい本がたくさんあるので、賢は空いた時間にそこに入り浸る。
そして読書をして、本の世界に入り込む。
賢は会社であった嫌なことを、図書館で借りた本に没頭することで忘れている。
歴史書をみて、昔の時代の人々や世界に想いをはせる。
経済学や、植物学、天文学を見て、この世界の理を学んで、壮大な宇宙や、世の中の仕組み、自然界の仕組みなどを理解し、知識欲を満たす。
そして、小説では登場人物に感情移入し、物語に没頭する。
なんて素晴らしく、幸せな日々なのだろうか。
しかし、賢は刺激も求めていた。
読んいる小説のような、非日常が起こらないだろうか。
そのような淡い期待を持っていたが、現実ではそんなことは起こるはずもなく。
ただ日常が過ぎていくだけ。
そんなことを考えながら、今日も図書館で本を読み、本を借りて、家に帰る。
家に帰る電車の中で、スマホを触った。
賢はお気に入りの某有名小説サイトを開いた。
そこにも、たくさんの素晴らしい作品がある。
その中で最近、少し気になった作品がある。
「王~崩落した世界より~」だ。
結末は救いようのないBADエンドで、印象に残っている。
しかも信じられないのだが、作者のあとがきによるとこの小説にはどうやら続きがあるらしい。
あの後からどう続くのか、とても想像ができない。
どう続けるつもりだ……?
興味本位で「王~崩落した世界より~」をブックマークした。
……それから1年経った。
賢は日常を過ごす。
いつも通り、平日は会社で働き、休日は図書館に通う日々。
家に帰宅後、パソコンで小説サイトを開いた。
久しぶりに「王〜崩落した世界より〜」のページを見た。
更新は……ない。
「王~崩落した世界より~」の更新はあれから1年以上ない。
そうか……もう、一年たったか……。
小説の投稿日付を見ながら、そう思った。
「さて、もうそろそろ潮時か…」
「王~崩落した世界より~」のブックマークを外そうと操作した。
その時。
パソコンの画面が歪んだ。
かと思った瞬間。眩い光が賢を包んだ。
「!」
咄嗟に目を手で覆った。
眩しくて目がチカチカするが、だんだん目が慣れてきた。
また、光がだんだん弱くなってきたので、賢は、覆っていた手を退けた。
次の瞬間……。
目の前には信じられない光景が広がっていた。
目の前に、雲と青い空が広がり、たくさんの島々が浮いていて、それらが橋でつながっている。
飛空挺や、ドラゴンのようなモンスターが、島々を行き来している。
モンスターには人が乗っているようだ。
その景色を、城の高い位置にあるバルコニーで眺めている。
この景色とよく似た景色を知っている。
小説「王~崩落した世界より~」にでてくる上空に浮いている浮遊世界、天界によく似ているのだ。
「どうかしましたかな?我が右腕、ルドウィンよ。」
「…!」
中世のヨーロッパの王のような、厳格そうな服に身を包めている60代くらいの男性が話しかけてきた。
俺はルドウィンなのか!?
となると、今話しかけたのが火ノ国、国王陛下ということになる。
これで確定した。この世界は小説「王~崩落した世界より~」の世界だ。
状況を把握するため、よく考えた。
おそらく今までの状況を見るに、田中賢(たなかまさる)は、小説「王~崩落した世界より~」の登場人物、火ノ国国王陛下の右腕、ルドウィンとして、小説内の世界に転生してきた。
そして、目の前にいるのは火ノ国の国王陛下だろう。
たくさんの本を読み、某有名サイトや、ラノベで、異世界転生物の小説をたくさん読んでいることもあって、田中賢(たなかまさる)ことルドウィンは、異世界転生をスムーズに受け入れた。
「ルドウィン、その手に持っているもの、王宮の王立図書館から持ち出したのかな?本は原則持ち出し禁止ですぞ?」
「本?」
ルドウィンは言われて、視線を落とした。
すると……一冊の本を持っていた。
『王~崩落した世界より~』
そう、持っていたのはこの世界の題名の本。
慌ててざっと読んでみた。
内容は……少し変わっているが、大まかに知っている小説の内容と一致する。
「ルドウィン、その本は、後で王立図書館にきちんと戻しておくように。では、私は最愛の子供達が待っておりますのでな。先に失礼いたしますぞ。」
「……。」
ルドウィンはもう一度この本でこの世界のあらすじをざっと読み返した。
1 .王位継承の儀式が始まる。
2 .その最中に地上に住む人間が天界を滅ぼし、BADエンドだ。
せっかく念願の異世界転生したのにBADエンドの結末になるなんて、そんなのは嫌だ。
だから、現代の知識を持って、この世界をHAPPYエンドに導き、過ごしやすい世界に変えてやろうではないか!
そのために、まず、未来に起こる戦争を回避しなくでは!
国王と子供達が一緒に城にいるということは、まだ王位継承の儀式は始まっていない。
よって、このあとの王位継承の儀式を中止にし、地上からの侵攻を阻止することに力を注いだほうが良い。
そうと決まれば、時間は限られている。
即行動だ。
「国王陛下、お待ちください。」
「なんじゃ?子供達とのスキンシップが待っておるのじゃが…」
「国王陛下、右腕として、友人として進言いたします。将来の王位継承の儀式を中止してください。」
「……なんじゃと?」
国王の顔色が変わった。
「とある情報筋より、地上人が、天界を侵攻する計画が着々と進められていることを知りました。国王の王位継承の時の隙をついて、軍事行動する計画です」
「……。」
「おそらく、国内、もしくは同盟国内に、地上人との内通者がいるものかと……。そうでなければこの計画は立てられません。」
「そうだな……。」
国王は一息つき、言った。
「この情報の情報源は?」
「それは……」
真実は言えない。だって情報源はこの世界の小説だ。今全てを言ってしまえば信じてもらえないどころか、不審人物として逮捕される可能性すらある。
「言えません。」
「なぜじゃ?」
「言えません。」
「……そうか。お主は確かにわしの優秀な右腕じゃ。そして、信頼のおける一番の部下である。だが、その出所不明の情報のため、子ども達の…大事な後継の王位継承の儀式を中止にすることはできん。たとえお主の言い分であったとしてもじゃ。」
「陛下……。」
冷静に考えれば、理由がわかった。
おそらく国王の王位継承の儀式は長い間準備が重ねられ、各国と調整して日程が決められている。
いくら信用のある部下とは言え、一人の部下の言うことを間に受け、さらに出所不明の情報に踊らされたとなれば、国の威厳が落ち、国王の命令の信用性が薄まる。
だから、簡単に儀式を中止することはできないのだろう。
「……。」
「……と、本来ならこう言うところじゃが、わしに考えがある。」
「?」
「どうもお主の言っていることは嘘をついていないように感じる…気がかりなこともあるしな……そこで、わしがお主に命ずる。」
国王が手を差し伸べた。
「お主に特別な任務じゃ。右腕として、今から秘密裏に動き、地上の視察、および敵対者の排除、戦争にならないようにスパイとして動いてほしいんじゃ。」
「……陛下……。」
おそらくこれは大変な任務になるだろう。
しかし、せっかく異世界転生したのだ。
そして初めての仕事がもらえたのだ。
さらに、この仕事は、この小説をHAPPYエンドへと導く足掛かりになるであろう。
断る理由は……なかった。
「陛下、その任務、謹んでお受けいたします。」
「よろしく頼むぞ、ルドウィンよ。」
国王陛下はルドウィンと硬い握手をした。
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